平塚橋交差点:中原街道、26号線がクロスする形 1995年ベルマーレ平塚に加入した一人の選手 中田英寿 

湘南ベルマーレ  (旧ベルマーレ平塚) 

平塚橋交差点:中原街道、26号線がクロスする形

 1995年上京を果たす。

 当時、状態も良いとは言えず、回復に努める日々を送るも上手くはいかない。自宅マンションから、歩いて直ぐのところにある、林試の森公園などに散策に出かけたりもしていました。また、最寄り駅は、東急東横線学芸大学駅になり、歩いて15分程度と、割と距離があり、途中、目黒通り沿いを行く、循環バスに乗る事で、渋谷駅方面、もしくは洗足池方面。または、JR目黒駅前に行くことも出来ました。

 

1995年ベルマーレ平塚に加入した一人の選手 中田英寿 

 当時も、落ち着かない日などは、散策などをして過ごすことも多く、目黒通り沿いも散策コースの1つになっていたようでした。

 同じ年に、神奈川県平塚市を拠点にしていたクラブチーム、ベルマーレ平塚に加入した一人の選手がいた。

 中田英寿。

 

中田 英寿(なかた ひでとし、1977年1月22日 - )は、山梨県甲府市出身の元サッカー選手。元日本代表。愛称は「ヒデ」。国際サッカー評議会(IFAB)諮問委員。株式会社東ハト執行役員。一般財団法人「TAKE ACTION FOUNDATION」代表理事。観光庁「アドバイザリー・ボード」メンバー。

日本代表のFIFAワールドカップ(以下W杯)3大会連続出場に貢献。FIFA100選。アジア年間最優秀選手賞2回。イタリア政府よりイタリア共和国功労勲章(カヴァリエーレ)受章。U-17世界選手権(現在のU-17W杯)[2] 、ワールドユース(現在のU-20W杯)[3] 、U-23オリンピック[4] 、コンフェデレーションズカップ[5] 、W杯[6] 、以上のナショナルチーム主要世界大会すべてでゴールをあげた唯一の日本人選手である[7]。

中田英寿 - Wikipedia

中原街道は丸子橋を境に綱島街道、神奈川県平塚市まで

 2007年5月から品川区某マンションで暮らすようになります。最寄り駅は、東急池上線荏原中延駅、戸越銀座駅のどちらかになるのでしょうか。自宅マンションの目の前には、中原街道が通っており、そこにクロスする形で26号線が戸越公園方面へ抜けるような配置になっています。

 クロスしたところが、平塚橋の交差点にあたり、環七方面に向かいしばらく道なりに行くと、環八、ついで丸子橋という事になります。そこを渡ると神奈川県ということになります。

 丸子橋を渡ると、そこからは中原街道から綱島街道に名称が変わり、神奈川県平塚市までつながっているのだそうです。

 

中原街道が品川用水をまたぐ形 その名残 平塚橋交差点

 話を戻すと、平塚橋の名の由来というのがあって、もともと、実際に橋があり、26号線にあたるところには、当時品川用水というものが通っており、今でいう戸越公園にも流れていたそうで、中原街道が品川用水をまたぐ形の配置になっていた事から、その名残として平塚橋交差点という名称になったのだそうです。

 2007年から品川にお世話になるのですが、たびたび、戸越公園を利用したことがありました。早朝に現地に行くと、太極拳をやっていたり、ほかの日にはラジオ体操をしていたりとお年寄りが元気な姿を見せている。自分が暮らしている、周辺はお年寄りが多く、元気な印象が強い。

 

戸越公園駅(とごしこうえんえき)は、東京都品川区戸越五丁目にある、東急電鉄大井町線の駅である。駅番号はOM03。

歴史 
1927年(昭和2年)7月6日 - 目黒蒲田電鉄大井町線(大井町 - 大岡山間)の開業と同時に蛇窪駅(へびくぼえき)として開業する[1]。
1936年(昭和11年)1月1日 - 戸越公園駅に改称する[1]。
2013年(平成25年)2月24日 - ホームが延伸され、当駅でのドアカットが解消される[2]。

戸越公園駅 - Wikipedia 

「時間×空間」 で育んだ心を保守

日々の習慣から育まれた心をより良いカタチに受け継ぐ

 時間と空間の交わるところに自分がおり、つどの空間で向き合った人モノコトから心が育まれる。つどの国体と言えるかもしれないが、イメージされたものと、見える形として表現されるものはつねに一致しており、それは、日々の習慣から育んでいくもの。

 都度の空間にあるすべてのものごととは、過去の心の総体が形として現れたさまに他ならないし、いまそこにあるもの全て、誰かの心が形として現れたものに違いない。

 それは心の総体。

 

育まれた良い心をいかに保守するのか、愛国心のあり方

 都度の空間で向き合った人モノコトから育まれた、良い心をいかに保守していくのか。より良い心ほど保守する必要がある。たしかに、良い心というものは、人によって大きく差異があり、分かりづらいところでもありますが、育まれた心を良くないものに変えられてしまう事は、国体破壊に他ならない。それは、今あるものとは関係なく、過去にあった、良い思い出や記憶ほど、良くないものにされてしまうと、取り返しがつかないからこそ、考えて行く必要がある。

時間と空間の交わるところで心 

f:id:ktake0606:20200424145838p:plain