Samurai Blue:サッカー日本代表 「黒白赤」 東急東横線大倉山駅師岡熊野神社“ヤタガラス” サッカー日本代表

黒白赤

Samurai Blue

 烏との付き合いは古く、幼稚園の頃からとなりそう。

 1978年埼玉県新座市から、神奈川県横浜市に引っ越してきました。最寄駅は、東急東横線綱島駅になるようです。

 駅から、数分のところにあった、幼稚園通うことになるのですが、お遊技場には、ピアノが配置しており、上部の梁に目をやると烏の剥製。

 自宅にはキジの剥製があったものの、カラスは真っ黒で、子供ながらに、不思議な思いにありました。

 

お遊技場の梁にはカラスの剥製

 こちらの幼稚園の教育方針になるのでしょう。

 体を使った何かを行う事が多く、お遊技場に跳び箱を組み立て、皆で次々と飛ぶ。

 縄跳びのような事もしたようです。また、休み時間には、校庭を走り回る事もし、体を使った何かを推奨していたようです。そんな事もあって、身体が丈夫になったようです。

 

小4サッカークラブ “adidas”

 小学校四年生頃から、学校のサッカークラブに所属するようになる。

 あまり、スポーツ自体は得意ではないようで、足もとりわけ早くもない。ただ、スポーツ観戦も好きなようで、この頃、野球を見る事が多かったようです。また、アニメや漫画、ゲームの影響もあって、サッカーに興味を持ち始めた時期でもありました。キャプテン翼が、好きだったようです。この頃、adidas、PUMA、asicsなどのウェアが好みのようでした。 

 

ヤタガラス

中学バレーボール部に所属する

 中学生になると、バレー部に所属。運動は得意でないものの、友人に付き合って、仮入部することになった。

 また、父も学生時代にバレーボールをやっていたらしく、“ピンチサーバーとして活躍していた”と聞かされており、そんな事も影響したようです。

 練習は取り組むものの、あまり、上手くないようで、ムードメーカーとしての役割を買われていたようでした。レギュラーとして、試合用のユニフォームも手渡される。

 “5”

朝練の舞台 大倉山師岡熊野神社

 朝練の舞台として、大倉山駅から歩いて10分程度のところにある、師岡熊野神社をつかわせていただきました。ありがとうございました。地元、綱島側から向かう際、丘のようなところに配置されている事から、急坂を上必要がある。こちらの急坂も朝練の場として利用されたようです。

 のちに知ることになるのですが、熊野神社には、サッカーの神様ヤタガラスいるらしう、2002年に日韓W杯があった際、こちらにご挨拶をしてから、会場の一つでもある、横浜国際総合競技場(日産スタジアム)に向かいました。

 

日本代表とMr.Children

日本代表とMr.Children